自然の調律師

測定材料：【周波数スペクトル報告RA1916-G】 共鳴時間不明。幼時から植物の周波数を聞こえると被験者は主張する。 共鳴能力の増長現状を鑑みて、年齢の増長に連れ更なる成長を遂げると推測。具体的な数値は測定中。 音痕は鎖骨下部にある。共鳴後、身体における一部物理的な変化あり：両耳及び脊椎部は木本性つる植物が生えている。 共生関係を築いた当該植物は、被験者が異能力を行使する時に共鳴周波数が回折エナジーへの変換を加速させ、能力の使用を「手助け」する行為が認められた。 共鳴周波数スペクトルは「植物類」との類似を示した。共振現象は強いが完全特定には至っていない。 ラベル曲線に収束がなく、明確な周期性特徴を示したため、先天型共鳴者と認定する。

波形は楕円形、時間領域表示は安定。異常波形なし。 診断結果：オーバークロック域は狭いが安定性は高く、オーバークロックリスクが低い。 オーバークロック歴なし。 責任者追記：被験者の感情と意志表現は極めて安定。特例として、自然環境から遮断された状況だけに小幅の変動が観測された。共生関係の植物が特殊の周波帯を被験者に提供し、精神状態を安定させる現象を確認。共鳴者が体表付着物・共生生物との関係においてかなり希少な異例で、今後の研究に大きい価値を持つだろう。

「ヴェリーナちゃんのことか。そりゃ、いくらでも教えるぞ！」先駆条約のある探索チームリーダーを務める、リーグスはペラペラとしゃべり始めた。「最初にこのチームに配属された時はな、いっつもぽっちで誰とも喋らなかった。やはり両親がいないせいで慣れなかっただろうな。」
「正直、かなり苦労をさせた。彼女の事は皆、多少は知ってるんだ。酷い目に会ったけどよ、何も表に出さなかった。探検ってのは聞えはいいが、実際はそうでもない。しかし彼女と来たら、山を越えても川を渡っても、一切の文句はない。暇の時は、薪や液果、キノコなども探してくれたのはありがたいけどよ……本当は、彼女の気苦労でも聞いてやれたかったんだ……」
「その時は、面白い出来事があってな。あの頃のチームには、キノコ好きが一人いてな。彼はキノコが少し取ってきて、スープを作って皆に配ったが……ヴェリーナだけはどうしても皆に飲ませなくて、挙句に彼と口喧嘩をしたんだ。」
「それなりに探検経験を積んだ男だけどな？へへっ！俺らの植物学者ちゃんには全く敵わなかったんだ。ヴェリーナちゃんは菌環や菌蓋、脚苞も説明し始めたが、さすがの俺ら経験者には「毒がある」くらいすぐ理解した。しかしよ、あんな状態のヴェリーナちゃんは怖いぞ。そんで講座はまだまだ続いて、キノコの識別法から採り方まできっちりと教え込まれたんだ、皆は。」
「おまけに最後は、どっかで見つけた棒を振るって、ちゃんと覚えましたかって大声出してよ。返事に困る俺らは見つめ合って急に笑い出して、逆に彼女を困らせたようだ。」

「な、何笑ってるのよ……私は何か、間違ってましたか……？うぅ……」頬を赤くした自分に、リーグスさんを始め全員は拍手を送った：「いいぞ！さすが俺らの植物学者ちゃんだ！」
と、毎回毎回思い出しても穴を掘って自分を埋めたいヴェリーナでした。でも、植物に関する事なら、どこまでも本気で説明する性格は変わらない模様。

今州の人は花が好き。
戦線へ送る物資に、いつも花の注文が添えてある。そして、それらの注文はいつもヴェリーナの所に回された。最初は、彼女もかなり困惑した。
輸送の所要と比べて、保存期間は短すぎる。温室で美しく咲いた花でも、届いた頃はもう乾びて焦げた姿になるかもしれないのに……もう美しくないのに。どうしてまた、花が欲しいのかな？
偶然にも、彼女は注文に付いた便箋を一通読んだ。「俺は、俺の戦友を弔いたい。今州の平和に命を捧げたが、その名前は殆ど誰も知らない。俺だけが、友の贈った鳶尾花を貰った時の、彼の笑顔を覚えている。名前が無理なら……せめて、花言葉に記憶を刻んであげよう。」
その夜、ヴェリーナは温室で引き籠った。
花が好きという行為は、何も花の姿に恋するだけではない。花に乗った物語、花に関する瞬間もある。そんな大事な感情を乗せられるように、ヴェリーナは優良な種を選び、何度も改良を重ねた。もっと長く、長く咲かせれば。花を貰った時、乗せてある思いも、花の姿と同じ鮮明のままでいれば。
ヴェリーナは今日も自分に聞かせた。もっと、もっと頑張らないと。

ヴェリーナの植物好きの理由を聞く者に、彼女は何度も繰り返した返答を今日も口にする。小さい頃は、小さな葉っぱを二枚渡されて、母さんは「その葉っぱの違いを言ってご覧」と言った。
小さなヴェリーナは、「同じ木から落ちた、同じ種類の葉っぱ」と答えたが、「もっと観察しなさい」と母さんは頭を横に振った。
よくよく見たら、今回は見つけた。二つの葉っぱは一見同じだけど、葉脈の構造は違う。まるで同じキャンバスで描かれた、真逆の絵画。
一瞬で、世界への見方が全て変われた。昔は全然気付かない違いも、今は鮮明に感じ取れる。
似たような花だけど、生長できる環境は全然違う。生長環境が近い草木でも、また別々の形をしている。
こんな奇妙な特性に、ヴェリーナは夢中した。そこで植物学を学び始め、植物の共通性と差異を探し、色んな方法で最高の花を育てるよう努力した。
その経験もあり、彼女は人々の違いに鋭い。同じ葉っぱがないように、同じ人や同じ事が存在しない。だから、一人一人の好みと嫌いを別々に分けたい。
「例えですね。レモングラスが好きの人も、嫌いの人もいる。そんな好みを覚えてくれる友が居たら、きっと楽しいですよね。」
こんな気持ちで、ヴェリーナは友達の情報を細かく記した。

それでも、彼女はただの少女。迷う時も普通にある。
花を育てるのはいつも大変。寝起きに急に枯れた事も多い；昼飯を忘れて、ひたすら仕事に打ち込む時も多い。こんな時に限って、よくよく両親のことを思い出す。
お父さんとお母さんが生きていれば、こんなことになれずに済むのかな。彼女は思う。家に帰ったら、アツアツのご飯があって……わからない事も、真っ先に聞けて。でもそれは叶わない夢。ネオユニオンから離れた時の日記と一緒に、どっかに無くしてしまった。
今は自分だけでも、ちゃんと生きていかないと。

時に彼女も思う。
今の仕事に……今の生活に、何の意味があるのかな？
それを答えてくれたのは、シャーレの中で芽生えた緑。
何回もの失敗を重ねて、枯れたはずの球根は必死で新芽を吹いた。ひそひそと生長している音は、命の歓声にも聞こえる。
温室を見渡すヴェリーナは、似たような声に包まれた。成長の痛みと花咲く喜びは、この小さな空間を満たした。
意味なら、ここにある。そう考えて、彼女はまたガーデニング手袋をした。
お父さんお母さんがいなくても、ちゃんと成長を見せないと。
意を決めて、じょうろを手に取って……仕事は、まだまだ終わらない。

たまには、休暇も必要。
温室の温度管理も、定時給水も設定完了。彼女は珍しく、胸を撫で下ろした真似を見せた。
連日の仕事の後こそ、ちゃんと植物たちに、自分に休みを取らせるのが大事。今日は、探検ノートを埋めるために今州を回ろう。

こことネオユニオン……自分の故郷は真逆に見える。値段を吹っ掛けてくる花売りも、選定基準がややこしいコンテストもない。城内の道を歩いて、屋台から昇る水蒸気を見て、わいわいする人混みに視線を投げて。なんとなく気持ちいい。
これでいいんだ。彼女は思う。両親と一緒に植物をお世話する時も、会えなくて寂しい日々もあったね。一人で頑張って、ようやくここまで来られた。今は自分のお世話ができて、休暇もちゃんと取れる。
何より、友達ができた。少し前の所で手を振っているのは熾霞さんと秧秧さん。その手に持っている岩塩ミルクティーから見ると、二人も休暇を満喫している様子。ヴェリーナは急いでカバンを探り、小さな星に見える花を取り出した。
これが、友達に贈る一番大切なプレゼント；これを育つには、長い長い時間を費やした。綺羅花も彼女も、自分を温める日差しをただ待っていた。
それも今日で終わりだ。二人に向けて、彼女は気軽に、自然に足を速めた。
未来はまだまだ遠いけど。その時が来れば、花は自ら咲くから。
今は、ただ楽しもう。