昭々雷光

測定材料：【周波数スペクトル報告RA1425-G】 明確な共鳴時期は不明。特定の電流周波数と長時間接触していたため、自然に共鳴した。 音痕は首の右側に発現。共鳴後、手に密集した青い結晶状の構造物が現れ、手のひらから手首にかけて跡を作った。現在は特に変化は見られず安定している。 周波数の変化幅は一般的な共鳴者よりも大きく、瞬時に周波数を拡大または収束可能。それによる身体への悪影響は無い。周波数の変化幅および作用範囲を正確に操ることができる。 結論：周波数制御度は平均値より82.58％高い。 共鳴周波数スペクトルは既知の落雷の周波数変動範囲に近い。テストでは強い共振反応を観測したが、共鳴源を完全特定するには至っていない。ラベル曲線に収束がなく、全体的に緩やかな上昇傾向を示す。自然型共鳴者と認定する。

波形は楕円形、時間領域表示は安定している。異常波形なし。 診断結果：オーバークロック域が広く、安定性も高い、オーバークロックリスクなし。 オーバークロック歴なし。しかし青年期に一度だけ共鳴能力を使用した際、臨界値に近づいた経歴がある模様。その事件では、異能力が暴走、かつ周波数に激しい変動が見られ、自身の行動をほぼ制御できなくなった。幸いなことに、人員傷害は確認されていない。これをレベル2事件としてEX42978に収録した。 診断理由：短時間で大きな刺激を受けることにより、周波数変動が引き起こされたが、オーバークロックの後遺症は見られない。 青年期にオーバークロックになりかけた原因は、情緒と大きく関連すると判断。現在、心身の状態は安定しているため、オーバークロックリスクはなし、定期検診を推奨する。

淵武のルーティンはとてもシンプル。毎朝店を開け、掛けられた練習用のグローブを一つずつ磨く。その後、お茶を入れながらお客さんを迎える。
拳法を学びたい人に対しては、淵武は彼らの体の素質と調子に基づいて、より適した拳術を勧める。どの程度まで練習するかは個人の希望次第。体を鍛えることだけを目的とするのも良いし、名を成すことを望むのも構わない。淵武は静かにお客さんの要望を聞き、適切な練習計画を立てる。具体的な目的がわからなくても、ただの興味本位で入ってきた客であっても、淵武は丁寧に接客する。

入口から、淵武の深い視線は優しく客に注がれる。
「道場に来たからには、険しい顔はなしだ。今だけは悩みを忘れて、拳法の動きに身を任せよう。」
動きからすぐに体の調子を見抜き、アドバイスしてくれる：
「構え方が違う、下半身の動きも甘い…腰に力が入りすぎかな。よし、俺の動きを真似してみよう。」
言う通りに練習すると、体も気分も楽になる。さらに帰る前には、彼はまるで昔からの友人かのように、ちょっとした気遣いをしてくれる。
「どうだい？だいぶ楽になったかな？それは良かった。普段からもっとリラックスしてやってみるといい。あとこのお茶を持って行け、飲むと少し楽になる」

今州市内には大小さまざまな拳法道場があるが、淵武の道場だけが常に繁盛している。

淵武の道場の常連になれば、トレーニング以外のことであっても、彼は手助けをしてくれる。
ある日のトレーニング中、いつもは真面目な馬和にミスが目立ち、力の入れ方も普段とは違っていた。淵武は何か悩み事でもあるのかと尋ねると、馬和は真顔で考え込んだ後、淵武をロッカーの場所へと連れて行き、バッグから精巧な皿を取り出した。

その周りには鮮やかな赤い花が描かれ、美しく輝いている。淵武は一目でこれが海外の琺瑯塗装品だと気付いた。唯一の欠点は花を縁取る金色の塗料が一部剥がれていること。これが無ければ完璧と言うことはできない。
この皿は馬和が攀花に用意した贈り物だ。数年前、攀花食堂が開業した時、馬和は「世界で最も美味しい料理のための、世界で最も美しい器を見つけること」を攀花に約束した。後に二人は価値観の違いを理由に別れてしまったものの、馬和はその約束を忘れられないでいた。
彼は己の道を貫いたが、彼女への情も捨てきれなかったのだ。
この数年、彼は美しい食器を探し続けた。しかし中々約束に見合う良い物は見つからない。そんな中、この白地に赤い花が描かれた、派手すぎなくて品のあるこの皿に巡り合った。
だがその皿は非常に値段が高く、必要な金を用意するのに時間がかかった。加えて大金をはたいて手に入れた物だったせいか、本当に攀花に渡すべきか迷ってしまった。そうこうしているうちに、皿の金色の塗料が剥げてしまったのだ。それから彼は今州城内すべての商人にあたったが、海外の品物に詳しくない、費用が高すぎる、といった理由で修理を断られていた。

淵武は話を聞いて、静かに皿を手にした。「1週間後に取りに来てくれ。」と。
1週間後、花の模様が完璧になり、修理された痕跡さえもわからない美しい皿となっていた。
素晴らしい働きをした淵武だが求めた報酬は、食器を持って一緒に攀花を訪れ食事に誘うことだった。
辛くて香ばしい料理が花で彩られた美しい皿に盛られ、さらに美味しく感じた。攀花の笑顔もますます明るくなり、口数の少ない馬和の顔にも笑みが浮かび、食事は価値のあるものとなった。

道場がどれほど繁盛していても、このような報酬のためにここまでするのは、どう見たって損をしている。
しかし、淵武はただ微笑むのみ。お金などさほど重要ではないかのように。

辺境に位置する今州は武道が盛んで、様々な規模の道場がある。武道といっても今の比較的平和な時代においては、かつての厳格で残酷な挑戦試合が廃れ、道場同士の「友好的な」交流や手合せに形を変えている。
しかし、人あれば争いあり。交流という名目で、人々は密かに競い合い、あらゆる手段を使い、試合で優位に立とうとしている。なにしろこれは貴重なアピールの機会なのだから。道場をトップに押し上げ、注目を集め、さまざまなビジネスチャンスを得ようとする。

こうして、挑戦試合の規模はますます大きくなり、参加する道場も増えていった。今年の大会には名利に淡泊な渊武でさえも参加した。
淵武道場は元々繁盛していて、人々の嫉妬を招いているが、淵武が参加すると知り多くの人が彼への挑戦を願った。 その中でもとりわけ前回の優勝者である玟璽の願望は強かった。玟璽は商人であり、道場もやっている。彼が挑戦試合に参加する理由は、自身の武器工場の知名度を上げ、商業的な利益を得るためだ。前回の一位ももちろん金で買ったもの。

玟璽は淵武の道場がそれほど大きくないことを知っていた。なので早々に直接彼の道場に訪れ、魅力的な金額を提示して淵武を買収しようとした。
当然、淵武はすぐ断った。だが玟璽は別の計画を始めた。道場の生徒数人を買収し、淵武の技と戦いのくせまで完全に調べ上げた。さらに決勝当日の審判やスタッフも買収し、それぞれが使用する拳具にまで細工を加えた。

決勝当日、手甲内の雷光が瞬時に増幅し、それと同時に消え去った。それは肌を焼く寸前のところで止まったが、一瞬でお互いの手甲を壊した。そしてその雷光が全ての陰謀を暴いた。壊れた手甲から隠された仕掛けが現れたのだ。会場は騒然とし、試合は当然中止された。
調査の結果、リング上の事故は、手甲内部に隠された仕掛けのアクシデントと定義され、この仕掛けを作った玟璽武器工場も調査を受けた。
まもなく、玟璽武器工場は不正な挑戦試合とともに、時代の埃として消えていった。

事件が過ぎた後も、淵武道場は相変わらず小さな店ながらも、繁盛している。ただし敏感な常連客はある違いに気付いている。道場を出入りする人々の中に、おなじみの顔が見えなくなったのだ。

淵武道場と他との最大の違いは、心地よく練習できること。

渊武の指導に従って、気持ちよく練習して汗をかき、最後はお茶を飲んで締める。なんと心地よいことだろうか。
俊敏な羡風拳を練習すれば、墨菊茶を飲んで気を引き締める。力強い雷煌拳を練習すれば、凌霄茶を飲んで体力を回復させる。滑らかな三馥拳を練習すれば、杜若茶を飲んで生気を養う... 渊武は練習する拳法に合わせて異なるお茶を用意する。熱いうちにそれを飲むことで、運動による筋肉疲労の軽減、経絡の巡りの活性化、さらに気を整えることができる。

これらのお茶のは、渊武自身が試してから、隣の茶屋にティーバッグの調製を依頼し、定期的に配達してもらっている。隣の茶屋は、お茶を注文するにも数か月前から予約しなければならないほど繁盛しており、人気故に配達にも遅れが出ることがあるが、奇妙なことに渊武の注文だけは決して遅れることがない。しかも、渊武はいつでも注文でき、いつでもそれを受け取ることもできる。渊武はただ日を浴びながらお茶を飲んで猫と戯れている普通の経営者に見えるが、本当は噂通り多くの企業を所有している大物なのではないか？あの人気の茶店も、彼が所有する多数の事業の中の一つに過ぎないとか？

好奇心旺盛な人々に聞かれると、渊武は笑顔で三清茶を差し出しながらこう言う。「余計なことを考えるな、このお茶を飲んで、汗をたくさんかいてリフレッシュしようか」。
拳法を習い、お茶を飲み、清々しい香りが鼻孔をくすぐった。気づけば悩みや焦りは汗と共に流れ落ち消えていた。渊武が本当にお金持ちなのか、そのお金をどうやって稼いだのか、そんなこと些細な問題じゃないか。体の内側から広がるリラックスした感覚が全身を包み、一時ではあるが俗世を忘れさせてくれた。

この世の物事はほとんど緊張と緩和、急と緩がある。疲れたら、立ち止まってお茶を飲み、十分に休んだ後でまた進めばいい。

淵武が所属する道場はかつて栄光を誇った雷煌道場だった。
この道場は数え切れないほどの栄誉を勝ち取り、代々の師範も武術の名家に名を連ねる者たちだ。
雷煌拳はその激烈さで知られていたが、それゆえに多くの事故を招いた。直近三代の師範らも良い結末を迎えられていない。
特に最後の師範は話によると、試合中に防具を一撃で破壊し、ルール違反として追い出されたらしい。挫折した彼は船旅に出たが、その途中で激しい雷雨に遭遇し、最終的には海の中で命を落とした。その師範は雷法に長けていたが、皮肉なことに最終的には雷に呑まれた。因果応報と言うべきか、嘆かわしい運命と言うべきか。

不動産屋はこれらの話を終えると、目の前の気品がある男に向かって言った。「この物件は縁起が悪いですよ。本当に買い取るつもりですか？"
男は微笑みながらうなずく。
「わかりましたよ、言うべきことは全部言いました。」と不動産屋はため息をついた。「いいでしょう。ただし、また拳法道場をは開くのはおすすめできません、何せ縁起が悪いので。」

淵武は軋む木製のドアを開け、室内に差し込む陽の光を浴びた。長い間静まり返っていた埃が風で舞い上がり、暖かい日差しに照らされ軽やかに踊った。
室内の家具はあまり変わっていない。すり減った木の杭、傷だらけの闘技場の床、静かに立つ陳列ケース。ケースの中の勲章やメダルには埃が積もっていた。
淵武はこれらの古い品々を丁寧に拭き上げながら、埃に閉ざされた思い出と一緒に過去に思いを馳せた。
擦り減った木の杭は仲間たちの努力の証、陳列ケースの中のメダルは師範たちが勝ち取ったもの。そしてその床は、自分が壊したのだったかな。
彼は当時恐れを知らず、抑えることも知らなかった。あの一撃は防具を破り、床を壊し、師範たちが長年維持してきた大切なものを崩し、自分自身も嵐の中に突き落とされた。現実という非情な嵐によって、力強く若い拳士は粉々に引き裂かれ、噂通り、海の藻屑となったのかもしれない。

拳法道場は再び開かれた、優しい笑顔のオーナーが玄関で客を迎えてくれる。
「淵武道場へようこそ。」